桃色の憂鬱

文を書く練習

目は口ほどに

 大学一年生の夏、髪を金色に染めてパーマをかけた。それまで俺はそういった量産型大学生みたいな恰好を小馬鹿にし続けてきたもんだから、サークル内でも髪を染めるならまずあの人に話通しとけ、みたいな、黒髪ストレートの過激派ゲリラ的な存在に祭り上げられていて、当然周りに集まってくる奴らも、あえて黒髪だから良いんっしょ、みたいな逆張りナルシストや、あなたが髪を染めるとき、髪もまたあなたを悪に染めるのだ、みたいなひねくれニーチェもどきみたいなのばっかで、当然髪を染めたり巻いたりしていた女からは、世の中のすべてが気に入らない奴らなどと凄まじいそしりを受けていた。

 当然こちらとしてもなにくそ、あいつら髪だけじゃなくて心までひん曲がりやがって、と、まさに一触即発、諸君、私は戦争が好きだ、みたいな演説がいつ始まってもおかしくないようなそんな状況下で、俺は髪を金色に染めてパーマをかけるタイミングを伺い続けていた。だって、夏だし。黒髪って重いし、パーマってお洒落じゃん、わかんねーけどさ。でも狂気に犯された過激派の同胞たちは、クリーク!クリーク!クリーク!とか叫び始めてて、あとはもう俺の、よろしい、ならば戦争だ、待ちみたいな、そんな目してた。

 全力で濁し続けたよね。気付かれないような遅々とした速度で徐々に態度を軟化させていって、まーなんだかんだパーマとか金髪とかも実際悪くないと思うけどねー、みたいなことを最後は言い始めちゃってた。どちらかって言えば好きじゃないけど、ま、経験としてやる分には悪くないんじゃない、的な落としどころでうまくやろうとした。同然周りの反応とかは、あれ?そんな感じッスっけ、みたいな、まさか最近ちょっと興味あるんスか、的なそんな疑いの目を向けられるんだけど、お前ら馬鹿野郎つって。大慌てで。ほんと何もわかってねーなこれも作戦だっつーの、内部工作だろーがって。ならみんな、疑った自分が恥ずかしいッスみたいな、パネエ、やっぱ敵わないッス、マジ背中でっけえッスみたいな、もし髪を染めても信じ続けるッスとか言いながら、最後はみんなで肩組んで泣きあった。

 で、その後、あいつらが超バカで良かったー、てか遅れちゃう遅れちゃうってな感じで自転車立ち漕ぎで美容院へ行って、金髪にパーマでお願いしまーす!みたいな。なんなら美容師と話が盛り上がりに盛り上がって、最終的にもうじゃあ金髪にショートマッシュっぽい感じで行きましょうつって、数時間後、鏡の前に大学生が居た。こういう奴いるわー、絶対04 Limited Sazabys聴いてるわーみたいな。

 でもサークルのみんなの反応は、え、すごく似合ってんじゃんみたいな感じですこぶる良くて、ゲリラ同胞たちも、うまく溶け込んだッスね、これが内部工作ッスね、みたいに遠目にウインクしてきたりして、うぜえなとか思いながらも、ん、まあ、すぐ戻すけどね、的な予防線を張って、でも内心はノリノリのうっきうきで、結局そのまま半年くらい同じような髪型にしてた。さすがにその頃にもなると、同胞たちも、いくらなんでもおかしくないッスかみたいな、半信半疑っぽい意見が無視できないくらいに出てきて、俺はちげーちげーこれは、って必死に宥めつつ、傷つかないための予防線を、微妙なニュアンスで示そうとしてたんだけど、全然防げねーのな。

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 そんなとき事件が起こった。当時俺が付き合ってた彼女って、そりゃもう学内でも有名な可愛い黒髪の子で、名前を出すと、あ、あの黒髪の可愛い子ね、とか、足の細い可愛い子ねとか言われるくらいに知れ渡ってる、見たまんまお人形さんみたいな、まあそれを本人に言うと、日本人形みたいじゃない?とか言って嫌そうにするんだけど、とにかくみんなが黒髪の可愛い子と認識しているような子で、その彼女がいきなり髪染めよっかなとか言い始めた。そりゃもう全力で止めた。俺が全力を出したのなんて、その時と、高校一年生の時に全く自転車通学なんてしてないのに自転車通学者向けの説明会に参加してしまったときだけじゃんか。

 いや、待って、染めるったってお前、黒髪が一番じゃん、お前のその綺麗な黒髪を維持するためにしてきた努力が一回の染髪で全て水の泡になるんだよ、髪なんてきっしきしになるし、毛先はパサパサになって、その裂け目が原因でみんな最後はもがき苦しみながら身体が裂けて死んでくんだよって、必死に説得した。それだけじゃなくて、俺がどれだけ黒髪が好きで、それ以外を憎んでいて、お前のことが好きで、お前のそのセミロングでストレートの黒髪が世界で一番可愛いと思ってるよって、ショートマッシュかつパーマで金髪の!奴が。彼女、きょとんとしてた。いや、でも、そっちも染めてるし、しかもそれパーマもだよね。って。

 こりゃおっしゃる通りだわつって、じゃあせめてちょっとだけ待ってって彼女に頼み込んで、即行美容院へ黒染めしに行って、あの、パーマを戻すとかできんのかわかんないけど、とりあえず俺も色だけは黒に戻したからって、なにとぞなにとぞつって、そしたら、「わあ!それすごく似合ってる!わたしそれ好き!」ってすげー褒めてくれて、おお怪我の功名じゃんみたいな、でも確かに自分でもこっちの方が似合ってる気がするなとか、やっぱ日本人たるもの黒髪なんだよって思いながら、いやでもお前が考え直してくれて俺も嬉しいよ、みたいな。彼女もうんうんって満足そうにしてて、冬っぽくて黒髪もいいなーなんて言ってくれて、伝わってくれてよかったよ、お前の黒髪にゃ雪がよく映えるとかなんとか言いくるめながら、彼女も、んもうばか……って満更でもない感じのロマンチックな雰囲気で解散して。 

 で、彼女、次の日パーマかけてきた。髪染めるのやめた!ってすっごく嬉しそうに。全然伝わってなかったなー。一休にトンチで言いくるめられた人ってこんな気持ちなんだろうな。ガッハッハ!こりゃ一本取られたわい!ほれ褒美を取れ! 一休やー!みたいな、アレ完全に嘘だわ。ただ、いやいやいやいや、つった。

 いや、確かに、うん。可愛い。可愛いけどさ。それはこう、ギャップつーのかな、普段見慣れてない分、そのパーマにはボーナス値みたいなのが今はあるって話で、慣れてきたらやっぱり純粋な魅力の基礎値はストレートが上なわけなんだよ。これ伝わんないかなー。そもそもこう、ヘアアイロンとかで髪を巻いてきたりみたいな、そういうのは今までもデートとかの時にあって、それはすっごく可愛かったし似合ってたし、じゃあそれで良かったじゃん、みたいな。コテ使おコテ。

 もちろんヘアアイロンの方が髪に悪いみたいな話もあるし、そもそもパーマと髪を巻くことは女の子的には全然違うものなのかもしんないけどさ、正直男サイドでは違いなんてわかんねーんし、なんだ、綺麗な黒髪を維持するための努力云々の話をした手前すごく言いづらいんだけど、同じなら髪を痛めてでもストレートで居てくれない? 素の状態はストレートであってくれよ、みたいな。

 ただ当然のように彼女の女友達からは大絶賛なわけで、俺、その時ほんとに思ったんだけど、彼女の女友達が役に立ったことって一度もねーのな。あいつら、常に敵の味方なわけ。なんか、「わー!可愛いー!パーマかけたんだー!雰囲気全然違うねー!」みたいな。絶賛の嵐吹き荒れてた。暴風域。なんなら、ぱっつんにして前髪作ろうよー!的な、どさくさに紛れてとんでもねえ入れ知恵をするやつまでいる。「やめろー!ぱっつんを勧めんな!散れ散れ!」つって、まあその一件で彼女も満足したのか、その後は自然とストレートに戻っても再度パーマするみたいなことにはならず、相変わらず綺麗な黒髪のまま、途中で髪を切ったりぱっつんにしたりとかしつつも平和に過ごしてた。俺は相変わらず黒髪にパーマだった。

 でもその平和ってあくまで彼女の我慢の上に成り立ってるってムチャクチャ大切なことに俺は気付けなくって、その次の夏、二人で沖縄へ行こうっつーことになって、電話で色々予定とかを立てながら楽しみだねーとか言ってる時、突然彼女が、あ、そういえば今日髪染めた、って言い出した。え、だって夏だし。沖縄だし、みたいな。あ、もう普通に事後報告なのね。完全に半年前のやり取りを根に持ってたんだな、学んでるなーって。大丈夫大丈夫、全然黒いままだからとか言ってくるんだけど、いやそれ俺知ってるって、太陽の下ではガッツリ茶色のパターンじゃんって、まあでもそれが意外と彼女に似合ってたりするもんだから可愛いって得だなとか思ったりもして、まあそんなことを経験しながら俺もその彼女のおかげで、黒髪ストレートが好きだけど別に似合ってたらなんでも良いんじゃね、みたいな穏健派くらいにはなって、好みは伝えるけど止めたりとかそんなことは別にしない、みたいなスタンスになってった。

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 そんなこんなで、わりと黒髪ストレートが好きなまま割と適当に過ごしてて、その間に彼女ができたり別れたりしてまあ端的に言うと、それなりに人生を楽しんでたわけだけど、なんか最近知り合った女の子とテキトーにカフェで会おっかみたいな。俺も時間あるしちょっと話そ、みたいな。そんな感じでなんの気なしに行った新宿で、ある女の子と出会った。

 ロングで髪巻いてていかにもって感じの茶髪で、簡単に言うと全然タイプの女の子ではなかったんだけど、くりっとした大きな目の可愛らしい女の子だった。その子とはしばらくの間特に飲み友達以上の関係になることもなく、つまりなんだろ。そういう意味で全然仲良くもなくて、びびびっと電流が走ったかのようになにか直感めいた好意みたいなものも特になく、時間のあるときにサクッと会っては帰るみたいなそういう緩い感じで遊んだりしてた。

 で、なんか何度も遊んでたら、なんの気なしに話す話題とか増えるじゃん。だからかわかんないけど、それからは徐々に毎日連絡を取るようになって、徐々に砕けたタメ口になり、呼び方も下の名前で呼ぶようになって、まあつまり正しい友達の形を取りながら俺たちは仲良くなってった。そんでまあ、その間その子はずっと茶髪で、俺はパーマをやめて、だけど黒髪のままで、そんな風にしてゆっくりと、でもあっという間の数ヶ月が過ぎていった。

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 で、まあ俺がちょっともう色々吹っ切れたかも、今は今で楽しまなきゃ損かもみたいな。そういう心境の変化があって、だからと言ってどうとかそういうのじゃないし、別にまあ全然そんなことはどうでもいいんだけど、何度が飲んでたし、楽しいし、すげえ話しやすいしつって気兼ねなくいつもみたいに「遊びに行こうぜ」みたいなそんな感じで声をかけて、「え、いいよ。いこ」みたいな。そんな感じで当日、何週間かぶりに会ったその子は、いつもみたいに長めの艶やかな茶髪を可愛らしく巻いてきてして、予定より何本か遅い電車でやってきた。

 うわって内心ドキドキしながら普通にめっちゃ遅刻じゃん、まあ俺もよく遅れるから別に気にしないけど。とかどうでもいいことを言って、その子は、「ごめんね、めっちゃ待ったよね」つって大きな目をくるりそわわって心配そうに動かして、その目を動かすやつ初めて見たけどなんかいいななんて笑いそうになりながら一気に緊張がほぐれて、俺が食べたいって行ったご飯屋へと入ることにした。

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 なんかそうやってお互い話す中で相手も相手でそれなりに引きずってた前の彼氏が最近どうでもよくなってきたみたいなことを知って、「へえ、そんな変化あったんだ、知らなかったわ」「別にそんなわざわざ言うことじゃないし」とか言いながら興味津々で聞いてみると、最近された嫌だったこととか言われてむかついたこととか、そんな話を相手はいつもより早いペースのお酒で、なんか吹っ切れたみたいにがーーっと話して、それを聞きながら、なんかこんな感じでめちゃくちゃ元気に話すの新鮮で可愛いな、みたいな茶々を入れたりはしなかったけど、内心思ったりして。

 俺がなんかお酒が回ってきて、ADHD特有の落ち着きのなさみたいなのが出たりしたときにその後すぐまたくるりそわわってして、ちっちゃい肩をさらに小さくしながら、あたしのこんな話聞いても楽しくないでしょって、そんな雰囲気を醸し出して、その度に俺は「ごめん、なんでもない」って。

 なんかそれでふと思ったんだけど、こいつ自分の話するといっつも相手の反応気にしてるなあとか、茶髪のロング似合ってて可愛いかもなあなんて、途中から真剣に心配そうに俺を見てる彼女が面白くなってきちゃってなんか可愛い可愛いって言ったりして、そんな感じでその日もいつも通り本当に楽しかった。

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 その後もお互いに割と時間があって、俺らはお互いの時間が合う度に飲みに行ったり、それまではしなかった飲み以外の目的がある遊びへ出掛けるようなこともし始めて、その子の茶髪はその時々によっておろされてたり巻かれてたりくくられていたりところころ変わった。その全部がとびっきり可愛いかった。たしかに俺ってずっと黒髪ストレート教の狂信者だったんだけど、なんつーか、うん。率直に言うと、「茶髪ってもしかしてけっこう本気で良くないか?」みたいな、そんな感じで、その子の可愛さを意識するようになってった。なんか、そういうのってあるじゃん。げって。げっこいつ可愛い、みたいな。

 別に俺にはその間も別に恋愛してーとかそういいわけじゃなくて、まあその、その子に迷惑だったら悪いしこの関係はそれはそれで心地良いから、どうしたものか真剣に悩んじゃって「好きになっちゃうかも」とか本人に言ったりはしたけど、付き合うってなったらテンポも向こうの感じも全然そんなのじゃなくて、けどじゃあ純粋にただ気になるだけで、周りの他の女の子よりも一歩リードみたいな感じだったかと言われるとそんなこともなくなってきてて、辺りがすっかり寒くなってきた頃には、もう好きって認めざるを得ない感じになってた。

 その頃には、今まで以上によく話したりとかなんかLINEするときの文章もちょこっと考えちゃったりして(無意識に送ると俺の変なとこ出るのわかってるから)、改めて俺、その子と会ったときにふと気付いたんだけど、別に黒髪が好きなわけでも、茶髪ってなんか良くね?とか心変わりをしたわけでもなくて、その子の目がとにかく好きだったらしい。なんかその子ってちょっと長めの前髪が目にかかってさ、話しかけるといつも少しびっくりしたように目を見開いて、俺の目をちゃんと見ながら、ん、どうしたの、って今にもそう言いそうな無防備な顔をするんだけど、それがすげー好きだったんだよね。

 俺、友達とかと飲みに行ったりするときって、ものを咀嚼してる姿とかを見られたくないし、煙草を吸うから隣に座ったほうが都合がいいとか、あとほら、もちろん相手の横顔を間近で見れるとか、そういう下心もあって、だからカウンター席って結構好きだし、できればボックス席でも隣に座りたいんだけど、その子の場合は対面に座るのもすごく楽しかった。ころころ変わる表情をずっと見てたいと思うし、笑ったときのくしゃってなる目も、俺がトイレから帰ってきたときとか携帯を見ながら油断して無表情に澄ましてる感じの目や表情も、とにかくすげー好き。

 その子は常に眠そうな感じの目だからって、そんなに自分の目がいいとは思わないみたいなことを言うんだけど、そんなことを気にしてるところも可愛いし、えっそうなのちょっとよく見せてって、見てたら、「OK、大丈夫。今日も可愛いよ」みたいな。そしたら相手は無表情で無視。けど、無視できてないの丸わかり、的な。そこも可愛かった。

 なんかその子ってあんまり自分の話とかしないし、俺の名前とかも普段全然呼ばなくって、話しかけてくるときも、なあなあ、みたいな、とにかく照れ屋というかにこにこしてる子で、なんかたまに、今日うまいこと巻けなくって、みたいなことを言いながら、髪をおさえて恥ずかしそうにしてる感じとかすげー様になってるの。その仕草、特許とりなよ、って感じ。

 なんか別にその子って特に無口とかではないしむしろお喋りなんだけど、内向的つーか受け身で、普段は俺ばっか喋ってるんだけど、その子の目を見てると相手も本当に楽しそうにしてくれてるんだなって伝わってきて、くるりくるりって目や表情が動いてくの、ほんと見てて飽きない。それからわりかし時間経ってるけど現在進行形で好きなままで、あ、言っちゃった。言っちゃったわ。さすがにアラサーにもなって今更好きな人の話ってやべーよなとか思って、過去のことですよって顔をしながら書いてたんだけど、完全に勢い余った。