桃色の憂鬱

文を書く練習

スターライト

 

 人間の内部には、多かれ少なかれ空洞がある。それは脳のあたりかもしれないし、肺や心臓のあたりかもしれない。このことを知ったのは18の時分だった。とにかくそれは誰にも彼にも存在しているのだと。

 

 ところが空洞には、とりわけ頑丈な蓋が施されていて、僕達は大抵それを閉じたまま生きていくことができるようになっている。鍵をかけることだって出来るし、無邪気な子供なら蓋にだって気付かないこともある。あるいは快楽によって存在を忘れることもできる。

 

 しかしながら、ある種の人間の場合、その蓋は往々にして無意識のうちに解錠され、あらゆるエネルギーがその空洞に落とし込まれるのだ。食欲、睡眠欲、性欲、承認欲、自己実現欲、そういった低次から高次までのあらゆる欲は、意思の方向によらず、穴の中に落とし込まれて消える。いや、消えない。消えたかのように錯覚するが、いつかどこかで形を大きくして再び自身に襲いかかってくるのだ。その空洞を虚無と呼ぶ者もいるし、鬱と呼ぶ者もいる。ここでは「スペース」とでも呼ぼう。空白、宇宙、そういった様々な意味を込めて。

 

 空洞の中身は手に取ることが出来ないが、無ではない。宇宙(space)が、目に見えない暗黒物質(dark matter)に混沌と満たされているように、心の空洞(space)には、過ぎ去ったはずの陰鬱な問題(dark matter)が整理されることなく山積みになって漂っている。

 

 空洞の中に存在する記憶というものは、宇宙に浮かぶ恒星に似ている。それらは、ある時点では太陽のように燦然と輝きを放っている。一方で、ある重さ以上の恒星というのは否が応にも核分裂反応によって膨張を続け、最後には自重に耐えきれず超新星爆発を起こすのである。同様にして、記憶というのもまた自己分裂を繰り返すことで膨張を続け、輝きを放っていたはずの記憶は、何かを照らし続けるエネルギーを持っていたはずの過去は、最後にはその膨れ上がった自らの重みを以て、自らを破綻させるのである。ある重さ以下でなければ、恒星も過去も膨張を続け、そして爆発するのだ。意思の方向によらず。

 

 太陽質量の30倍を超える恒星は、超新星爆発後にブラックホールを形成すると言われている。ブラックホールの中心には強力な重力場が存在し、あらゆるものを引き摺り込む。脱出には光速を要するため、外部にいる観測者は、ブラックホールに自由落下する物体がぐちゃぐちゃに歪んで見える。本当は何も歪んでいないにもかかわらず。

 

 ニーチェによれば、事実なんてものは存在しない。存在するのは解釈のみだ、と言う。そう、記憶というのは曖昧で、僕達は過去に対して解釈を加えたものを「記憶」と呼んでいる。現在に生きる僕達は過去にとってただの観測者であり、ブラックホールに吸い込まれていく過去は、解釈と言う名の観測によって常に歪んでしまうのだ。だから事実というものは、心の空洞にブラックホールがある限り、観測できないのである。今この瞬間以外は全て過去なのだから。

 

 自分にとっての過去のほとんどは、輝きを放っていたはずだった。だから僕は夜になると自ずと空洞の蓋を開けた。あるいは無意識的に。そこには満天の星空が広がっていて、それはそれとして大事にとっておいた。「暗闇に包まれた場所でしか星は綺麗に見えないのだ」と言い聞かせた。星と星とをはぐれないように繋ぎ合わせ、それらを星座にして名前を付けた。今見えている光は過去に発された光なのだ、と思った。現在と過去は何光年もの距離を隔てていて、掴むことは決して出来ないけれど、過去からの光は時間をかけて届くのだ、と。

 

 しかし、それがいつしか僕を苦しめるようになった。

 

 星たちはそれぞれで暴走を始めるようになった。赤色巨星と化し、超新星爆発を起こし、いくつかはブラックホールになった。その周囲で時空は歪みを生じ、あらゆる物事の整序がおかしくなった。蓋を開けてはならない、と思った。しかし蓋さえブラックホールに飲まれようとしていた。このままでは自分自身が過去に殺される、やがてブラックホールに落ちる、そう思った。

 

 ブラックホールに落ちた物体は、落ち続けることしかできないのだ。あの頃僕は夢うつつとしながら、ただひたすら死ぬことばかり考えていた。自分は死ぬことでしかブラックホールを逃れられないのだと言い聞かせた。あるいは言い聞かせられた。エネルギーの源だったはずの記憶の塊が、星座が、ある出来事を境に爆発してエネルギーを奪うようになる。輝きを放っていたはずの過去は、天の川は、光さえ吸収するほど黒ずんでしまう。

 

 生きる源を見失った僕達はエナジードリンクと称して酒を飲み、束の間の快楽に酔いしれてその空洞を埋め、明かりを点けることで星空を消す。喧騒によって孤独を搔き消し、乾いた笑いで湿りを取り、泣いて慰め合うことで解決した気分に浸る。

 

 だから酔いが醒めるまでは空洞を忘れている。

 

 しかし放物線に頂点がひとつしか存在しないように、酔いというのはある点まで上昇すると下降を始める。そうしてまた同じ高さに戻ってくる。いや、放物線ではなくサインカーブかもしれない。僕たちはゆらゆら、ゆらゆらと同じことを繰り返す。同じ所を行ったり来たりする。とにかくある点で酔いから醒め、人々は我に返って気が付く。状況は何も変わっていないのだ、と。状況は何も変えられないのだ、と。そんなとき星からは声が降る。 

 

 「もしもし、現実ですか?」。

 

「人生って妙なものよね。あるときにはとんでもなく輝かしく絶対に思えたものが、それを得るためには一切を捨ててもいいとまで思えたものが、しばらく時間が経つと、あるいは少し角度を変えて眺めると、驚くほど色褪せて見えることがある。私の目はいったい何を見ていたんだろうと、わけがわからなくなってしまう」

 

 光さえ脱出できないブラックホールは、物理法則下において、それ自体を肉眼で観測することは不可能である。ゆえに僕は、ブラックホールに殺されると感じながら、そのブラックホールが一体何であるのか知覚できなかった。そして、それが以前星だったときに、どのような色や形をしていたのかも知ることができなかった。

 

 ただ得体の知れない「ブラックホール」と呼ばれる概念が、僕のあらゆるエネルギーを奪っていった。過去は歪み、現実は萎えた。酒を飲んでは吐き、文章を書いては消し、死ぬことについて考えてはやめた。暗黒の泥のように眠り、あるいは眩しい北極星のように起き続けた。

 

 そしてブラックホールの外側には、いつも陰鬱な問題としてのダークマターが存在していた。逃げ場なんてなかった。そんなとき自分は何者でもなかった。才能ナシ趣味ナシ欲求ナシ慈愛ナシ熱意ナシ、醜い外見と愚かな内面、中途半端なプライド、ブラックホールダークマター、そんな人間が「面倒臭い奴」でないのなら、一体何者であろう?勿論ほんの僅かな人には相談したけれど、それはあまり良い結果をもたらさなかった。「何が辛いの?」と聞かれて「分からない」と答えるしかなかったのだ。「ブラックホール」と言ったところで、僕はどういう答えを期待しようというのだろう。第一、僕が何をどう考えたところで、世界は今日も平和に呑気に回り続ける。

 

 夢を見ていたのだ。

 そう考えることにした。自分には過去なんて存在していない、それらは全て夢だったのだ、と。あれは星ではない、飛行機や建物の光だったのだ、と。そうすることでブラックホールは勢力を弱め、僕は幾らか救われた。もしかするとそう錯覚しているだけかもしれないが、とにかく思い詰めることからは脱した。そしてようやく文章を書けるほどにまで回復した。結局自分のことは自分でしか救えないのだ。

 

 何もかもさめてしまったのだ、と思う。つまり僕は夢から覚め、酔いから醒めたのだ。かつて輝いた星の色は褪め、一喜一憂していた心は冷め、そしてようやく空洞に蓋をすることが出来た。覚めて醒めて褪めて冷めて、とにかく自分はもう生きることにも死ぬことにも “さめてしまったのだ”、と言い聞かせた。もう星を探してはいけないのだ、と。今現在の言動が、いつか未来の自分を攻撃してしまうのだ、と。

 

 一日一食の生活は三食に戻り、空は青さを取り戻した。あれだけ生きたい瞬間があり、あれだけ死にたい瞬間があり、それらの感情はどこからやってきてどこへ行ってしまったのか考えていた。次に蓋が開くのはいつだろうと思った。「それでもやはり星たちは無数に存在していて成長を続け、ブラックホールダークマターはどのような手段によっても知覚できず、宇宙は想像の限界を遥かに超えて果てしなく広がり続けるのだ」と感じた。生きることが下手くそなのだ。そんな夜に、カーオディオのSpotifyでボーカルが必死に叫んでいた。

 

太陽が昇るその前に

夜が明ける前に

教えて

ここで このままで 間違ってないと

 

 僕は左手をハンドルから離してボリュームを上げた。10-FEETの曲だった。太陽4号というその曲名について、ボーカルはかつてこう話していた。

「太陽って電池みたいなものなんです。生きていくエネルギー源だけどいつかは切れる。純粋に突っ走った十代があって、二十代になってそれを斜めに捉えてみたり、そりゃ太陽1個でずっと行けたらいいけど、まぁ4号目くらいでようやく何とかなってるんじゃないかなって」

 

 4号目の恒星を探す勇気が、今の僕にはない。ただ歌詞だけは忘れられず、曲が終わってからもしばらく大音量で空洞に木霊していた。何か自分の内に、ほんの少しばかり熱を感じていた。その感覚は、どこか懐かしさを含んでいた。「確かにさめてしまったが、全てがさめてしまった訳ではないのだ」、そう思った。歪んでいたはずの過去は、まだ上手く解釈できないけれど、少しずつ元の形に戻ろうとしている。無理に言葉にする必要はない、目を閉じて待てばいい。信号は赤から青に変わり、同時に僕はアクセルペダルを強く踏み込んだ。車は満天の星空のもとに爽やかな快音を響かせ、滑るように加速しながら、流星のごとく、真っ直ぐに冬の夜を駆け抜けていった。

 

無人島に何か一つだけ持っていけるとしたら?

無人島に一つだけ持ち込めるなら?っつー話になった時、だいたい人って五パターンに分かれると思うんです。サバイバル用品や生活必需品、食糧なんかを答える「生真面目型」、そもそも無人島で生き抜くことを考えない「脱出志向型」、レジャー用品や嗜好品を挙げる「刹那主義型」、自分のキャラクターをアピールしたり大喜利に走る「自己主張型」、もはや質問の意図が伝わっていなさそうな「人格破綻型」ですね。

まあ、どれを選んでも結局は普通に死ぬんだけど、面白いのが人によって答えはほんとにたくさんあるわけで、これだけ色々な答えがあるなら、ある程度性格判断なんかにも使えそうだな、なんて思って。なので今回は、俺が今までに読破していない数々の行動心理学や精神分析学に関する知識に基づくことなく、独断と偏見で性格診断をしたいと思います。無人島に持ち込む一つのものを頭に浮かべながら、読み進めてください。

 

思い浮かべましたね?それじゃ始めますよ。

 

生真面目型

おそらく大多数の人たちがこれに当てはまります。よく言えば堅実ですが、その実態を一言で表すと「無難」。指示通りに何かを続けることが得意で「平均点こそが満点」を旨とし、大きな成功はないけど大きく躓くこともない。しかし今まで大きな失敗をした経験がないため、心の中では自分は正しいと思っているプライドが高い一面もあります。

「ナイフ、ライター」派

生真面目系のちょうど中心に位置する「ナイフ、ライター」型は、生真面目系の傾向を強く持っています。公務員が正常位で子供を作ったらこう育つだろうという感じですね。知識が豊富にある反面、頭でっかちになりやすく機転や想像力もないので、実際に無人島に行くと魚や動物をナイフだけで捕れるはずもなく、結局持て余したナイフや火を眺めながら「普通に水を選択しとくべきだった」と後悔しながら死にます。

「水、食糧」派

生真面目系の中でも特にプライドが高く無意識に人を見下す傾向にあるので、自虐風自慢や自分の知識をひけらかすことを好みます。また自分の選択が常に正しいと思い込む視野狭窄さも大きな特徴です。しかしそのプライドを支える選択眼は確かなもので、ある意味では生存できる可能性が高い人たちとも言えます。もっとも何の解決にもなっていないので、徐々に減っていく備蓄に恐々としながらゆっくりと死にます。

「釣り竿」派

大抵のことはそつなくこなし、人から「要領が良い」「器用だ」と思われることが何より嬉しいと思っているタイプです。人柄もいいので学生の頃はそこそこモテますが、挫折に極端に弱いので突然人生をドロップアウトしたり、みんなが大人になる頃に底の浅さが露見する場合があります。何かの拍子に釣り針を食い千切られたあと、くるくる回るおもちゃの付いた長い棒に成り下がった釣り竿を抱えながら死にます。

 

脱出志向型

いたずらに生存日数を伸ばしても無人島に居る以上生き続けることは不可能であり、リスクを背負ってでも無人島から出られる可能性を高めるべきだと考える合理的なリアリストです。しかし独善的な面もあり、周りから感情のないサイボーグのような印象を持たれることも多いのですが、実際はそう思われることが格好良いと思っているかなり人間臭い人たちです。生真面目型を心底見下しています。

「無線機、ラジオ」派

理系学部の院生。アマチュア無線の三級を持ってます。「電気なんかどこにもないじゃん」と言っても、メガネをクイッと上げながら、海水から電池を作る方法を説明してくるハイスペックなタイプです。ただまあ、本人が生粋のかませ犬なので、本番の無人島では成功しなくて「ば……馬鹿な……私の計算に狂いは……」と言いながら死にます。

「発煙筒、双眼鏡」派

生き延びるという選択肢を完全に捨て、天に運を任せるこのタイプはある意味で最も合理的なのかもしれません。レンズを反射させて位置を知らせたり、うまいこと火を起こしたり、とにかく自分が生きられるであろう数日の間でいかに発見されやすくするかを考えます。当然そんなうまい話はなく、普通に数日後に死にます。

「毒薬、聖書」派

何も無人島から出ることだけが救いではありません。彼らにとっては死でさえ救済であり、それが神の思し召しならば喜んで受け入れるのです。誰がこの選択を笑えるのでしょうか。彼らだけが現実に向き合い、そして一つの答えを出したのです。アーメン。生きるか死ぬかだけで言うなら死にます。

 

刹那主義型

この型は大きく二つ、自然を舐めてるか何も考えていないかのどちらかです。いずれにしてもただの馬鹿なのですが、人生における最大瞬間風速だけで言うならこの人たちは群を抜いており、無人島という極限状態では、ある意味一番幸せかもしれません。ギャルやハーフタレントはだいたいここに分類されます。

「日焼け止め、手持ち花火」派

無人島をプライベートビーチくらいに考えていて、事実一日目の夕方くらいまではすごく楽しいんだと思います。馬鹿ですが根本的には気の良い子たちなのでどこか憎めず、特に人に対して偏見もなくみんなと分け隔てなく仲良くなれるタイプです。残念ながら無抵抗のまま死にます。

スマホ、水着」派

上のタイプと似ていますが、こちらのタイプはほんの少しだけ頭を使っていて、だからこそその工夫した痕跡がもの悲しくもあります。このように、このタイプは周りから憐れに思われている可能性が非常に高いです。「写真撮れるし助けも呼べるじゃん!」「泳ぐためには水着が必要っしょ?」とこの人たちなりの考えがあるのですが、無人島は圏外であり、インスタグラムに載せるために撮ったその自撮りは遺影になります。そしてこの島にはあなた一人しかいないので水着は要らないのです。自分の馬鹿さ加減に泣き疲れるようにして死にます。

「酒、煙草」派

どうせ死ぬならと選ぶのであれば悪くない選択肢です。が、このタイプはそうではなく「どうせなんとかなる」と考えているのです。何の根拠もないくせに、問題に直面してもその時は自分に突然神がかり的なアイデアが沸いてきて解決できると思い、提出物やテスト勉強も直前まで放置しがちです。そして予定通り無事に死にます。

 

自己主張型

 このタイプは「終わり」です。彼らにとっては「無人島に何を持って行くか」など少しも興味がなく、いかに自分のユーモアや可愛さをアピールできるかしか考えていません。自己中心的で自分をムードメーカーだと勘違いしていますが、その実態は性欲の権化です。基本的に空気が読めず皮肉も通じないので、ここはお前の個性発表会じゃないからさえずるな、と素直に伝えましょう。また、ここまで読んで「俺っちどこにも当て嵌まらないわ〜(笑)」なんて言ってる奴は全員これです。

「ギター、iPod」派

 とにかく自分が話の中心に居ないと気が済まないタイプで、「ギターがあれば良いかな(笑)」とか「音楽がないと死んじゃう」などとトチ狂った妄言を並べ立てることが特徴です。他人と違うということでしか自分を見いだせず、また知識を軽視する傾向にあるのですが、本当に無人島へ行くことになったら真っ先に生真面目型の真似をしてナイフを挙げて、死にます。

「パスポート、希望」派

典型的な「場違い大喜利野郎」ですね。普段は面白い人として周りから受け入れられているのですが、本当に面白い人たちには敵うはずもありません。このような場で敗者復活戦を仕掛ける空気の読めなささからも分かる通り、真面目にしなければならない時や怒られている時もヘラヘラしているので周りからの信頼はありませんし、一部の異性からは極端に嫌われています。基本的に無害な存在ではありますが、『RADWIMPS 3〜無人島に持っていき忘れた一枚〜』などと言い始めたら一度低めのトーンで注意しましょう。彼らはその陽気な性格の反面、かなり臆病なのでそういう空気感には敏感です。意外なほど簡単に死にます。

ドラえもん、ヘリコプター」派

自己主張型の中でも一番の害悪、今まで紹介した各型の悪いところだけを濃縮して煮込んだ二日目のカレーがこいつらです。知識もユーモアもないのに自己主張と自意識だけは一人前、自分が同じ舞台に立ててないことにさえ気付かないカスの親玉です。間違っても「ドラえもんなんて居ないじゃん(笑)」「ヘリコプター操縦できるの?(笑)」などと相手のフィールドに上がって場を和ませてはいけません。誰かが一回分からせなきゃいけないんです。ボッコボコに殴りましょう。もし「だ……誰か……警察……」と言われたら、「ああん!!!!!? そこは警察じゃなくてドラえもんだろーがよ!!!!! なあ!!!!? 居んだろーが!!!!? ヘリコプターで逃げねえのかよ!!!!?」と、相手がいかに愚かだったかと教えてあげましょう。じゃないと真っ先に死にます。

 

人格破綻型

このタイプには深く関わっていけません。フリードリヒ•ニーチェが「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」と言ったように、あり余る好奇心というのは時に身を滅ぼすことになります。もし質問をした相手に人格破綻型の可能性がある場合は、ただちに話を変えて様子を伺いましょう。本来この人格破綻型は答えによって分類できないのですが、念の為に回答例を挙げておきます。

「うんこ味のカレー」

色々と突っ込みたい気持ちはあるのかもしれませんが、ここは黙って引くべきです。脳の中のコミュニケーションを司る部分がハチャメチャになっているので、おそらく対話は絶望的です。曖昧に同意しながら離れましょう。

スーパーカミオカンデ

日本が世界に誇る水チェレンコフ宇宙素粒子観測装置ですね。無人島でニュートリノを検出する必要があるのかは分かりませんが、決して彼らの答えを否定してはいけません。敵意がないことを示しましょう。

いつもここから

アルゴリズム体操エンタの神様でお馴染みのお笑いコンビです。うん、それ以上の意図はわかりません。大丈夫です。そう。ゆっくり。ゆっくりと距離を取りましょう。

「刑法124条」

陸路、水路又は橋を損壊し、又は閉塞して往来の妨害を生じさせた者は、2年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。

増子直純

日本のロックバンド「怒髪天」のボーカル。

「勝ちたいんや」

2003年の監督・星野仙一指揮下の阪神タイガースのキャッチフレーズ。

いつもここから

喜怒哀楽の観察日記。

「「悲しい時ー!」」

え? うそ? マジ? 始めんの?

「「無人島に行った時点でどうせ生きて帰れないと分かった時ー!」」

金のカメレオン座

 

年の瀬なので1年を振り返る。色々あったし。

 

1, 2, 3月は割と調子が良かったと思う。まず、仕事で部署を異動したけど、たまたま仲良い同期が同じオフィスにいたし、そこで出会った上司や諸先輩方も良い人たちだった。何より成果を上げられていて、謎に部内表彰とか言って50人くらいの前で話す機会もあったりとか。うん、本当に上手くいってたんだと思う。別にめちゃくちゃ優秀ってわけでも、めちゃくちゃ満足ってわけでもないけど、気持ち的には楽だったなぁ。

 

んで、4月にまた異動が決まって、そこでメンドイ客とか嫌味を言ってくる先輩とかそういうのに当たって、この辺からしんどいなぁ、とか思いながら仕事してたっけ。俺正直この辺からの記憶があんまないんだよな。ストレスで寝れなくなって仕事でミス連発して客に怒られたり、上司に迷惑かけたりそんな感じの日々を7月までノンストップで続けてた。けっこう夜遅くまで対応することも多かったし、やべー客の理不尽に疲弊してたな。

 

そしたら医者に鬱って言われて、8月から11月まで仕事を休む感じになってずーっとゲームしたり、ゴロゴロしてご飯食べるときだけ起きるみたいな生活してたんだよね。たぶん人生で一番ダラダラしてた。

 

で、11月から復職して、なんでかわかんないけど今すっごいやる気あってちょっと頑張れてるんじゃないかなっていう状態。仕事はこんな感じだなぁ。うん、もう一年は現職で頑張りたいなと思ってる。なんだかんだ俺、仕事に関しては今結構ポジティブになれてるかも。そう考えると休んで良かったよ、本当に。

 

俺はまぁ休んでる時点で、仕事もだいぶ色々あったんだけど、それ以上にプライベートでね。色々あったからね。そっちの話。

 

結論から言うと2年付き合った彼女と別れた。1年半の同棲を解消してね。なんでとかって直近の他の投稿で書いてるからそっちを見てほしくって、まぁ端的に言うと俺が完全に悪くて、女性関係の素行とか、日々の生活とか、彼女への愛情表現とかそう言う部分での至らなさって感じなんだけど。うん、まじで俺が100わりーわ。

 

で、そう。だから今は実家にいるのね。そんでさ、まぁまだ1週間ちょいとかなのかな?そんな感じだけど、自分の中で振り返って、整理してちょっと冷静になったりしたけど、それでもなんつーか、前の家はすごく良かったなって日々思う。前の家というか、家も含めて良かったんだけど、一緒にいる彼女との生活とか。あと、まぁシンプルに俺全然すげー彼女が好きじゃんとかね。今更思ってもマジで遅いんだけどさ。今はそう思うよ。

 

てか、なんかキモいこと言うけどさ、好きな人が当たり前のようにそばに居るっていいよね。話したいときに話せて、食べたいものを一緒に食べて、一緒に出かける前に顔の整った彼女が更に綺麗に、最強になっていく過程を見ることができて、そして何より眠くなったら、一緒に手を繋いで寝られるのが良かった。

 

俺はそれを当たり前のことだと思っちゃったんだよなぁ。そばに居てくれることのありがたみや尊さをいつの間にか忘れてたんだよね。前もって言うと今の俺だいぶキモいけどさ、そこはまあちょっと大目に見てほしいんだけど、こうして一人になって最近は暇があるとすぐに前の彼女のことばっか考えちゃうわけよね。そうするとさ、付き合いたてとか同棲したての頃の記憶って、レストランで座った席とかそのとき話したこととか、その日の彼女の服装とかすんごい詳細に覚えてたなとか気づいちゃって。

 

んで、直近の記憶になるとさ、別れ話以後の一緒に暮らしてた数週間はすごく詳細に覚えてるけど、そのちょっと前らへんとかになってくるともう全然ダメ。ぼんやりと当たり前のようにそこに彼女が居たな、とか、なんか話したな。でもあんまちゃんと聞いてなかったな。とかそんな感じですごいざっくりしてんなーって思った。

 

記憶の話しててパッと思ったけど、俺ってだんだん変化にも疎くなってたね。初めの頃は彼女の髪型はもちろんそうだけど、アイメイクとかシャドーの色とかリップの色とか、色んなことに目がいってたなーとか。もう後半は彼女のメイクのことあんまり気にしてなかったのかなって自分でも思うし。いやね、直近も可愛いとは思ってたのよ?ずっとね?つーか、むしろ今でも俺はあの子が世界で一番可愛いと思ってるしね。はい、またキモいこと言ったね。もし、大目に見れなくなったらフォロー外す前に言ってね。俺、頑張るから。

 

でも、そういうところが全部俺の向き合い方を表してたなって思う。俺の目はいつの間にか彼女のことを見なくなってたし、俺の耳も彼女の話をろくに聞かなくなってた。そんなんまじで意味分かんないし最悪だけど、それでもなんか彼女はあんときみたいに当たり前にずっとそばに居てくれるもんだと思ってた。

 

まー、そんなところで、要約すると俺から信頼崩壊させるようなことしまくって、自業自得で別れてんのに、実はめちゃくちゃ彼女のこと引きずってますっていうすげーバカな話ね。最初からちゃんとしてろよって、みんな思ってると思うわ。俺もね、本当にそう思うよ。

 

あー、それはそうと話変わるけど俺実家で、ゲッターズ飯田さんの占いの本見つけてさ、暇だからチラッと読んだんだけど、俺は金のカメレオン座っていう星の下に生きてるらしい。んで、肝心の今年の俺の運気だけど、前半はそこそこ調子良くて後半は運気が下がってくる。その理由も俺の常日頃の行いに起因してる、いわゆる蒔いた種ってやつらしくって本当になんかまんま俺でちょっと笑っちゃった。

 

占いってさ、プラシーボじゃなくてなんだっけ?バーナムだ。アレがあって結構表現で誰にでも当てはまるよねみたいな部分ももちろん一定あると思うし、つかなんなら俺ずっと占いなんか信じてなかったし。でもこればかりはなんか年月の流れとか諸々当たってたから、ちょっと信じてみてもいいのかなって思った。2022年は占い結果を軸に生きてこうかな、みたいなね。冗談じゃなく結構まじでこれ思ってるよ今。

 

んで、ちなみに肝心の2022年の俺の運勢だけど裏運気の年とかいうのらしくて、尋常じゃなく運気が悪いらしい。これ以上ってなんなんだろうってちょっと思うけど、まあ多分今俺が願ってることってだいぶ叶わないのかなって思った。ま、期待値低い方がね?良いことあったとき嬉しいし、それはそれで悪くねーのかな。いや、わりーよな。だってそれって普通にすげー悲しいことだもん。まあ、でもそれも含めて諸々反省してちゃんと生きろってことなんだと思うから、2022年は公私共々きっちりするっていうのが抱負だね。

 

あと、そうそう。占いの本によるとなんか仕事はこの一年変えない方がいいっぽい。今の仕事でもあんま楽しいことはないっぽいけど、転職したら今よりもさらに酷くなるんだって。俺がさっき今の仕事頑張るっつったのもこの辺がメインの理由なんだけどってめちゃくちゃこの占い信じてんな俺。まぁ今の仕事は全然第一志望じゃないし、今俺が歩んでる人生もほど遠いものだけど、何か仕事変えたってそれが今より良い保証はないからなって割と前向きに思ってる。

 

恋愛については2022年の俺マジでやばいらしい。まず、今年出会う異性は今まで全然俺の好みじゃないような人だったり、エグいくらいのクズだったりするらしい。んで、基本付き合わないけどなんかの間違いで付き合ったとしたら、それは長く続けると俺の人生の運気をさらに落とすらしいからやめとけだってさ。ホントしゃれになんないよ。勘弁してくれよ。誰でもいいから誰か俺を助けてくれ。っていうのはごめん嘘だ、めちゃくちゃ嘘ついた。全然誰でも良くない。やっぱいいや、なんでもないよ。なんかまあ何があっても今年はめげずに向き合っていくからさ、基本は俺の力だけで乗り越えるからってのは大前提で、それでもしんどいときはちょっと友人たちには頼ろうと思う。そんくらいは許してね。

 

そんな激ヤバな運勢だけど、一個だけちょっと良いことが書いてあって、来年は良い意味でも色んな経験ができるらしい。それは既知の人間との間でもそうだし、今後の出会いって意味でもそうらしい。だから、来年は今まで以上にフットワーク軽めにいろんなことにチャレンジしたらいいよって書いてあった。だからさー、色んなことに俺を誘って欲しい。俺と色々しよう。

 

すげー長くなったからこの辺で締めさせてもらうと、2022なんの俺は内面は変化感大きめで、ライフスタイルに関してはそこまで。多分なんだかんだずっと前の彼女に一方通行の片思いを続けていくだろうさ、仕事もそこそこの愚痴を吐きながら続けてるとは思うけど、例えば、かんの家でゴミを置きっぱにしないとか、床でご飯食べてこぼさないとか、勝手に冷蔵庫開けないとかその辺は直して生きていこうと思うんで、皆さん2022年もよろしくお願いいたします。2021年も残り2日ですが、良いお年を。

 

ただ君に晴れ

 

彼はいつも無口だった。

私は彼と言葉を交わした記憶があまり無い。

 

彼は外に出るのを好まなかった。

だから、彼と出かけたこともあまり無かった。

 

彼は毎日、新聞を読んでいた。

食卓手前の特等席で4社も5社も取っていた新聞をひとつひとつ丁寧に読んでいた。話すことはなかったから、何を思っていたのかは結局分からない。

 

彼はウィスキーを好んだ。

脳卒中をしてからお酒を完全に辞めたが、それまでは食卓でクラシックを流しながら一人ウィスキーのロックを飲んでいた。

 

彼は相撲と読売ジャイアンツが好きだった。

夜になると決まってソファに腰掛け、NHKと4チャンネルの中継をそれぞれ観ていた。ジャイアンツが勝っていると嬉しそうで、負けていると決まって「もうあかんわ」と言い、観るのをやめていた。

 

彼は病院をひどく嫌った。

ただの風邪じゃ滅多に病院にかからなかったそうだし、酷い話だと肋骨が折れていて息苦しそうに寝ていたにも関わらず、自分からは行こうとしなかったらしい。

 

彼は字が綺麗な人だった。

私と彼は話すことがなかった分、会うたび手紙を交わしていた。手紙といっても、彼からの一方通行でチラシやメモ帳の裏に一言二言書かれたものだった。酷い反抗期の私に対する叱咤、大学受験を控えていた私に対する激励、会いに来たことに対する感謝。そういった言葉を丁寧な字とともに彼は私に送った。彼なりの愛情表現だったのだろう。内容は鮮明に覚えているのに、手元に無いことを切なく思う。

 

私は彼のことをそのくらいしか知らない。

私が彼の生きた世界や、見えているものを知りたいと思った頃には、もう彼は脳卒中の後遺症で言葉を発することができなくなっていた。

 

母が言うに、私の祖父は寡黙だったけど、ユーモラスで優しい人だったらしい。母がまだ子供だった頃、コーラやジュースを買ってきて、それに似た飲料を作り味比べをしたり、若い頃は車でよく外に連れ出してくれたそうだった。そして、毎朝仕事着のスラックスにアイロンを自らかけ、零細企業ではあったが、従業員の退職後の年金等もきちんと準備する従業員思いの経営者だったらしい。

 

でも、想像はついた。

親を除いた親戚の中では一番怒られていて、正直ちょっぴり怖かったけど、毎回別れ際に私の手を強く握る彼の右手からは優しさと愛情がしっかりと伝わっていたから。

 

***

 

2020年10月31日

 

その日は当時の恋人との旅行で北海道へと発った日だった。雲ひとつない晴天だった。僕は新千歳空港に降り立ち、内部のフードコートで昼食を取った後で、札幌行きの電車に乗る最中、iPhoneを開いてその日の行動やチェックしていたお店を確認していると画面上部にLINEの通知が見えた。

 

母からだった。

 

彼の訃報だった。

 

死んだ…?もう先が長くはないかもなんて親戚と話して、覚悟はしていたつもりだったけど、ほんとに?

 

少ししてから、またスマホにメッセージが届く。

内容は告別式の場所と日時だった。

 

死んだんだ。

これは本当のことなんだ。

 

新型コロナウイルスがあって、この一年ほど満足に会えていなかったから、彼のことは記憶の片隅にしまいこんでいたけれど、笑った顔や怒った顔、有馬温泉に行った記憶、もう彼が僕のことをどれだけ認識していたかは分からないけれど、病院の一室で淀川に上がった大きな花火を一緒に見た最後の記憶など思い出の数々が途端に溢れ出してきた。

 

その瞬間はまだ先で、いつかまたあの日に戻れると思っていた。

 

でも、もうそうじゃないらしい。

その日は訪れたのだ。あまりにも唐突に。

 

遊びに行くといつも嬉しそうにしていた彼はもういない。電話をかけると口下手ですぐに他の人と代わってしまう彼はもういない。

 

涙は出なかった。なんというか、空虚。

よく分からなかった。

何もできず、何を話せば良いのか、よく分からなかったけど、ただせめて彼を天国へと送り出すその日まで、今日のような心地よい晴天が続いてほしいと思った。

 

***

 

告別式当日の早朝、僕は旅行の予定を少し早め、飛行機で告別式の会場である大阪へと向かった。

 

会場には母と叔母のみっちゃんと、祖母がいた。

少ししてから親戚が続々と集まって、そこには僕の知らない人達も多くいた。

 

無口で恥ずかしがり屋の彼はこれを見て、なんて言うのだろう。多分無口だけど、少しはにかんで嬉しそうに僕達を見ているんだろう。

 

告別式は淡々と始まった。会場に掲げられていた遺影には、見たこともないくらいカチッとしたスーツを着て破顔している彼がそこにいて、その辺りを綺麗な花々が彩っていた。

 

僕はその遺影をあまり見ないようにしながら、長々と手を合わせ焼香を済ませた。

 

諸々を済ませると、祖母だったか、叔父さん叔母さんだったか、それとも母だったかあまり覚えていないけど、棺を開けてくれた。

 

みんな棺の周りに集まった。棺は、彼の好きだったかりんとうや、彼が生前身につけていたものや、想い出の品々でいっぱいになっていた。僕も棺のもとへ行こうとした。しかしどういうわけか足が前に出なかった。大きく息を吸い、それから時間をかけて吐いた。彼の顔を見るには少し準備が必要だった。

 

泣いてはいけない気がした。

心を無にして、彼と向き合おう。

 

棺の周りで啜り泣く人々の間に入る。

彼の顔が見える。

 

 とても白く、そしてとても美しい。

 

しかし僕の知っている彼ではなかった。話しかけるといつもニコニコしていた彼は、白い棺の中で静かに目を閉じて澄ましていた。話しかけても表情は変わらない。そうか、彼はもうこの世にいないんだもんな。僕は泣かなかった。

 

祖母が僕に言った。

 

「せっかくだから最後にちょっと触ってみたら?」

 

僕は恐る恐る手を伸ばした。

いつもニコニコ笑っていた、その白く美しい頬に触れた。

 

 

 

 

不気味なほど冷たかった。

 

 

 

 

僕は驚いて、すぐに手を引いた。

そのまま2歩3歩と後ずさりをした。

涙が溢れ出した。止まらなかった。

 

まるで、雪の中に忘れ去られた方解石のように、彼は果てしなく透き通っていて、どこまでも冷たかった。

 

いつも笑ってくれて、支えてくれていた彼は確かに目の前にいるけれど、もうこの世にはいないのだとそのときはっきりと悟った。

 

本当に、本当に、行ってしまったのだ。

決して手の届かない、遠いところまで。

 

僕は、彼の年齢のことなど考えたこともなかった。会いに行ったらいつもそこにいたから、きっといつまでもそうなのだろうと、そんなことはあり得ないのに漠然と、そう思っていた。

 

でも、そんな彼との日々はもう戻ってこない。

彼と会うことも、話すことも、永遠に叶わない。

 

 

 

サヨナラ。

 

 

 

僕はもう一度彼に触れた。

いっぱい迷惑と心配をかけたけど、東京で頑張るよ。これから大変なことも多いと思うけど、めげずに頑張るよ、と泣きながら心の中で呟いた。

 

彼は今にも目を覚ましそうだった。

僕は、決してそんなことは起きないのだろうけど、それでも彼が「大丈夫や」と言ってニヤニヤ笑ってくれる気がして、ずっと見つめ続けていた。

 

「大丈夫やぞ! しっかりしろ!」と言って欲しかった。「俺の分までお前は生きるんやぞ!」と叱って欲しかった。「泣くなんてみっともないぞ!」とニヤニヤ笑って欲しかった。

 

生きていてほしかった。

 

しかし、いつまで見つめても君は白く美しく、安らかに安らかに、気持ち良さそうに眠ったままだった。遺影だけがあの日のまま静かに微笑んでいた。

 

***

 

あれからあっという間に1年が経った。

もう間も無く彼が去って2度目の新年が来る。

 

今年は自分にとっても本当に多くのことがあった。きっと、彼は遠く南方のサザンクロスから僕を見て、叱っているのだろう。

 

実家に帰って、彼の写真が多くある家で、彼のことを思い返すことも増えた。

 

もう会うことは二度とないけど、あなたに、あなたのいる場所に良い知らせが届けられるよう精一杯生きていくので、見ていてください。

 

そして、遠い先のいつか私も銀河鉄道に乗って、あなたの元へと行くので、そのときは二人でウィスキーのロックを飲みながらたくさん話しましょう。

 

またね。

一流企業内定という分かりやすいラベルを追い求めたアホな就活生こと、俺

 

社会人やって2年が経ったので、今一度自身の就職活動を振り返っていく。

 

といっても本当に題目の通りだ。自分自身の就職活動を振り返ってみると、「内定先」という見えやすい価値を手にするために戦った日々だった。

 

始まりは2回目の4年の冬。早々に就活をしていた後輩が続々と外資系企業に内定を貰い始めた。

 

そんな中で周りが内定した企業の名前でマウントし合ってある様子を察知した俺はなんだかよく分からんけど「よく分かんねえ戦いに勝ってとにかくスゲェ会社に内定してモテまくりてぇ…」と思った。

 

「よく分かんねえけどゴールドマンサックスだな。金色の漢のサックス。なんかすげぇ強そう。」

 

発想が完全に深夜に爆音鳴らしながらバイクで走り回ってる偏差値13のハイパードキュンのそれだ。

 

そうと決まったら行動だけ早い俺は早速リクルートスーツを新調し、意気揚々とリクナビに登録したが、その直後、外資系企業のエントリー期間が全て終了していることを理解し、ゴールドマンサックスへの内定可能性が甘く見積もっても0%になったことを認識して1日を終えた。ここまで来るとハイパードキュンというかもうただのアホだ。

 

その後、業界問わずvokersに出てくるなんか凄そうな日系企業の説明会にひと通り足を運び、「よく分かんねえけど総合商社とか広告とかがモテるっぽい」というアホな中学生レベルの感想のみ抱き、「モテそう」「モデルと合コンしたい」「凄いと言われたい」というただそれだけの理由でこの2つを志望。ひたすらそれっぽい志望動機なるものをこねくり回していた。

 

そんな感じで、細かいことを無視し多少強引にまとめれば、私の就活とは仕事内容、社風、やりたいこと、なんて一切気に留めず、虚栄心と性欲だけで業界を決めた。ということになる。低俗な欲望の権化。己の強さを誇示するために胸をポンポン叩くゴリラと一緒だ。いや、それ以下だろう。

 

で、そんな争いに没頭して他者を出し抜きたい一心で行った就職活動を終えて今は社会人として過ごしているわけだけど、最近急速にそういうのがどうでもよくなった。

 

多分それは最近戦場が変わったなーって感じる場面が多々あるからだろう。それに伴い興味が薄れていったのだ。

 

例えば最近マウント争いの軸が「就活」から「社内評価」とか「プライベートの充実度」とかそういうものに変わっていってる気がする。しない?俺だけなのかな。

 

今こう書いててふと思ったんだけど、争いの場は状況や時期に応じて変わるけど、本質的な部分である「誰が人間として優位なのか」っていう命題は変わっていない気がする。

 

就活からもっと昔を振り返ってみても自分は毎日のようにそんな争いに明け暮れていたように感じる。

 

あるときはそれが「足の速さ」とか「面白さ」であれば「喧嘩の強さ」になって、「頭の良さ」になったり、そうかと思えば「恋愛経験」とか「セックスの経験」になったりした。

 

受験では「大学名」になり、就活では「内定先」になり、職場では「社内評価」になり、SNSでは「いいね」や「フォロワー数」になり…と言ったように挙げ続ければキリがない。

 

でも俺が社会と関わり続けていく以上、何かと戦い続けなくちゃいけないってことは確かみたいだ。

 

誰かが「生きてるだけで素敵だよ」みたいなことを言っていたけど、生きてるだけで何かしらと戦うことを強いられているわけだからやっぱりそりゃ生きるのは辛い。

 

話は変わるけど、最近そういう「争い」みたいなものを目の当たりにするたび「もう自分と周りを比較してどっちが優れてるかなんて競い合うのには懲り懲りだぜ」とかすこぶるカッコいいことを言うようになっている。

 

俺はもう妙なマウント争いには興味ないし、誰が優れてるかなんてどうでもいいし、他の人とか別にいい。自分の中での満足感(例えば、気の合う友人に囲まれて好きなことだけして、週一くらいで好きな女の子と出掛けて…みたいな)だけを追求して生きていきたい、とか思っている。これは本心だ。

 

思っているけど、俺のこういうスタンスこそマウントであり、結局「誰が優れてんのか」みたいな話から抜け出せていないということにふと気付いた。

 

「マウントなんてしない自分」は「マウントしてる奴ら」よりも上の次元にいるんだぞ、ということを必死にアピールしてるわけだ。優位を得るための発言、典型的なマウントだ。

 

冷静に考えて、マジでそう思ってるなら、誰にも言わなくていいし、周りの争いから静かに離れて、たとえバカにされたとしても意見など言わずに生きていけばいい。マウントになんか言及する必要はない。

 

優位に立ちたいという思いが根っこにあるからこそ「マウントわろたw」とか言って新たなスタンスを出してきたわけだ。普通にやって勝てないから新しいスタンスを持ち出して対抗しようとした哀れな自己矛盾マウンティングゴリラだ。

 

なんか途中から就活の話を一切していなければ、話が横道に逸れまくりもう自分でも何を言っているか分からなくなっているけど、要するに心の中ではいつでも煩悩と承認欲が嵐のように猛威を奮っており、それを人前では隠せるよう努めている。

 

でも、実際のところは、次から次へといとまなく現れては消えを繰り返すマウント争いの中で傷つき疲弊し、もがきながら今日も私は誰が設定したのかすら分からない得体の知れない基準に乗っかって毎日を過ごしている。そして、馬鹿の一つ覚えみたいに記号的な価値を追いかけ回しては短絡的な「承認」を求め、時間を消費している。

 

形を変えながらも本質は一切変わらず、抜け出したいと願いながらずっと同じことを繰り返している空虚で滑稽なピエロ。

 

本当は争いに勝つことではなく、争いの輪廻から解脱することしか抜け出す方法がないことに薄々気づいているものの、それでも自分が求めているのは解脱ではなく、勝つことによって承認されること。

 

それができりゃ苦労しねーよな。

時計というものが非常に危ない

 

皆さんが普段から使っている時計。

現代人の生活に不可欠なものとなっている時計。

人類の文明の偉大な発明のひとつである時計。

 

一般的に良いものとして扱われており、これを遵守することが推奨されている時計というものが今、非常に危ない。

 

まず、時計の危険性を示すひとつの特徴として、「時計を見た人間は何かに駆られたように急に焦り始めたり、急ぎ始める」というものがある。これは、人間の行動を司る脳の一部に異常をきたす脳波を時計が発している影響も考えられ、非常に由々しき事態である。

 

人間に強迫観念を与え、場合によっては精神にまで異常をきたす要因にもなりうる時計の危険性を今一度再認識する必要があると筆者は思う。というか、何らかの規制を設ける、或いは使用を禁止したほうが良いと私は思っている。

 

また、先ほど精神にまで異常をきたすと述べさせてもらったが、時計には向精神性の作用があることも確認されている。

 

それは即ち、「ずっと動いているはずの時計が急に止まったように見える現象」のことだ。巷ではこれをクロノスタシスと呼び、エモさの象徴などと取り沙汰されているが、これはメディア、いや政府による印象操作であり、危険性をカムフラージュするための方便にすぎない。

 

実際に止まっていないものがあたかも止まっているように見えるというのは、明らかに時計そのものに幻覚作用をもたらす要因があることを示しており、長年時計に触れることで、薬物濫用による精神的、身体的被害に近い害を人間に与えることは明白である。時計はダウナーにして幻覚を見せ、人体に悪影響を及ぼしているのだ。

 

現に過労によって鬱症状を引き起こしている現代人の多くは時計中毒を併発しているのではないか、といった興味深い洞察もある。

 

さらにこの時計というものについて、今一度皆さんには考え直してほしいのだが、時計が動いている間、月の形が変わっていることに気づかないだろうか。時計の動きによって月の形や大きさは現に変わっており、人類の発明した時計は天文にまで影響を与えている。

 

さらにこの時計というものについて、人類の近代史において、国家ぐるみの陰謀があったことを皆さんはご存知だろうか?

 

かつてこの世界では、イギリスにあるグリニッジという場所から世界中の時間を操り、時間を通じて、世界中の人々の行動を統一的に管理することを目論んだという負の歴史があるのだ。実際に現代にもこの潮流は続いており、我々現代人はさも当たり前のように定められたグリニッジ標準時というものを基準に行動することを強いられている。

 

この現実を我々は見過ごして良いのだろうか?否、良いはずがない。今こそ我々現代人は立ち上がり、この時計による支配から解き放たれるべきなのである。

 

また、時計については実は昔からこの危険性に気づいていた人間がいたことも事実としてある。

 

その人の発したメッセージはアメリカ合衆国のニューヨークに存在するニューヨーク近代美術館(通称:MoMA)にて確認することができる。

 

その人物とは、美術界において皆さんが一度は耳にしたことのある人間だ。その名もサルバトール・ダリという人で、彼は『記憶の固執』という作品を通じて、我々現代人に危険性を知らしめている。

 

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こちらの絵の左下に注目していただきたい。皆さんは既にお気づきかと思うが、なんとモチーフとなっている時計が溶けているのだ。これは、時計の危険性即ち、精神に有害な作用を及ぼすことや、人間の行動まで支配する作用を持っていることを明確に示唆しているのだ。この作品を通じて、ダリは我々に対して密かに警鐘を鳴らしているのだ。

 

いかがだろうか?皆さん普段何気なく使用している時計の危険性がお分かりになっただろうか?これからは、時計の危険性を重々理解した上で、私と共に現代人を時計による呪縛から解放する手伝いをしてほしい。皆さんが賛同することを願っている。

 

要約すると、ものは言いようでなんとでもなるので、見聞きした情報を鵜呑みにするのではなく自分の頭できちんと判断しようね、という話。

その日

 

僕達は「その日」に向かって生きている。

 

 

どんな生き方をしたって、今がどんなに良くたって「その日」はやがてやってくる。いつでも、誰にでも。終わりと、別れの日。

 

 

もう何をしたって、どれだけ想いを吐露したって、逃れることのできない別れの日。

 

 

僕達にとって「その日」は12月18日に決まった。

 

 

決まってから今日まで考えていたことがある。

その瞬間を刹那まで知ることなく「その日」を迎えるのと、「その日」が決まっていて、避けられないことを知りながらひたすら「その日」を待ち続けるのとどちらの方が辛いのだろうか。そのどちらかを選ぶしかないとしたら、どちらの方が良いのだろうか。

 

前者は唐突に打ち寄せてくる喪失感と痛みのインパクトに苦しめられることとなり、後者は金輪際どうすることのできない無力感に苛まれることとなる。

 

きっと考えることに意味はないし、そもそも辛さを客体して比較することだって意味がないのだろう。地獄がひとつってことはなくて、もうひとつの別の種類の地獄もあるというそれだけのことだ。

 

結局、こうなった以上もう間も無く訪れる「その日」のために今日を生きることしか僕にできることはない。遅くとも今から積み上げられるものだってあってもいいはずだ。

 

 

***

 

この頃、随分と急激に寒くなったように感じる。高くなってきた電気代や、頬を触れる風の冷たさが冬の到来を告げている。二軒隣の家ではイルミネーションの装飾がされた。街ではクリスマスソングが流れているのだろうか。この白い部屋の中からはまったく聞こえない。

 

思い返すと、新型コロナウイルスに季節を奪われた二年間だった。春の記憶も夏の思い出も、秋の感触も正直あまりない。彼女との思い出の多くはこの家で育んだものだった、と感じる。だからこそここを離れる寂しさも一入だ。

 

2020年の8月1日、初めてこの家に入居した日はまさかこんなにも感慨深い場所になることを想像していなかった。どちらかと言えば、早く広い家に住みたい、3LDKに住んで趣味の部屋を作りたい、なんて話していた。僕はこの家での日常をなおざりにし、素知らぬ顔をしながらいつの間にか通り過ぎてしまっていた。心の奥底でこんなにも大切にしていたなんて思いもしなかった。

 

新型コロナウイルスの蔓延に、緊急事態宣言の発令など、この家で過ごした日々はいつもとは少し形が違っていて、だからこそずっと変わらないままで僕の側にあったこの家は余計に居心地がよかったのだろう。彼女と、この家のおかげで良い日々だった。

 

 

もし、できることなら「その日」はせめて入居した日のように晴れやかな透き通った日であってほしいと思う。いつものように、朝ネスプレッソを淹れて少し二人で談笑した後で彼女と、この家と、この家で育んだ思い出の全てとお別れをしたい。

 

そして、清々しく「その日」を迎えるために、

 

この家を入居した日と同じくらい綺麗にしよう。

彼女の門出を精一杯サポートしよう。

僕が今できることを全てしよう。

 

それがこの家と、この家での日々に対してできる唯一にして最大限の感謝の表明になるはずだ。

 

そうして、新たなスタートラインに立とう。そんなに立派な線ではないし、履き潰した靴の踵で土のグラウンドに引いた、自分にしか分からないようなぐにゃぐにゃのスタートラインの上を、号砲もスターティングブロックもないこの質素な線の上を、跨いで、旅立つのだ。

 

静かに懸命に一歩一歩、前へ前へと踏み出し、ぬかるんだ地面を全身の重みで踏みしめ歩いていこう。いつか雨が止み、空の青さと透き通った風を感じられる場所を見つけて、そこでもう一度彼女と向き合えたら、この家に置いてきた思い出の数々をもう一度拾い上げられたらいいと思う。

 

 

***

 

最近ようやく「その日」を迎える覚悟をしよう、と思えてきた。というか、そうした方が良いと思うし、そうしなければいけないとも思う。

 

「その日」を迎える覚悟をする。

 

それがこの数日間の僕の答えであり、今後に向けての準備であり、決意だ。

 

だから、

 

「その日」まで、彼女とたくさん話そう

 

「その日」まで、彼女とたくさん笑おう

 

「その日」まで、想いを言葉にして伝えよう

 

「その日」まで、後悔のない生活をしよう

 

 

「その日」を迎えたそのとき、

未練はあれど後悔はないと言えるように

胸を張って生きていくことを、

ここに、宣誓します。